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箆柄暦『二月の沖縄』2025 照屋勇賢『魔笛』

2025.01.29
  • インタビュー
箆柄暦『二月の沖縄』2025 照屋勇賢『魔笛』

《Piratsuka Special》

照屋勇賢『魔笛』
~世界的現代アート作家が挑む『魔笛』の解体と再構築~

※以下は、表紙に掲載している記事の内容をボリュームアップしたロングバージョンです

沖縄出身で、現在はドイツのベルリンを拠点に活動する美術家、照屋勇賢。彼は沖縄の自然や歴史、文化をテーマに、米軍基地問題や沖縄戦の記憶継承など、現在の沖縄が直面するさまざまな課題や困難と向き合い、現代アートの手法で表現してきた。近年は、芭蕉布の着物に紅型染めで戦闘機やパラシュート、ジュゴンなどを描いた作品「結い、You-I」がイギリスの大英博物館で展示されるなど、その名前と活躍ぶりは世界にも広く知られるようになっている。

そんな彼が2025年3月、那覇芸術劇場なはーとを会場に、自身初となる舞台作品の制作に挑む。題材は、モーツァルト作のオペラ『魔笛』。きっかけは3年前、同会場で開催した個展で、150枚近くの木製パレットを6メートルほどの高さに組み上げ、やんばる(沖縄本島北部地区)の森をイメージした大型インスタレーション作品『CHORUS(コーラス)』を制作したことだった。

「僕は2012年、東村の高江地区で米軍ヘリパッド移設問題が起きていたとき、やんばるの森に足を運んで、山の連なりや森の中で感じた生き物達の営み、生命の輝きに魅了されました。その森を俯瞰して見たイメージが、以前からよく聴いていた『魔笛』序曲の世界観とフィットして、この風景に音楽をつけるなら『魔笛』だな、と直感したんです。その記憶は『CHORUS』の制作にも反映されているんですが、制作中になはーとのスタッフにこの話をしたら、じゃあ次は『CHORUS』と『魔笛』を組み合わせて舞台にしてみたらどうか?との提案があって、今回の企画につながりました」

※2022年の作品展『CHORUS』についての記事はこちら

舞台化に際しては、照屋が総合演出・企画構成・舞台美術を手がけることになったが、本人曰く「最初は何をどうすればいいか、まったくわからなかった」。そこでなはーとが東京から招聘したのが、振付家でダンサーのスズキ拓朗と、音楽家の小野龍一だ。ともにこれまで数多くの舞台作品に参加し、高い評価を得てきた二人が、演出・振付と音楽監督を担う形で企画に合流。照屋が表現したいことを具現化すべく、3人でディスカッションを重ね、イメージを共有していく中で、キーワードとなったのが「解体」だった。スズキが振り返る。

「最初は『CHORUS』をステージに置いて、その前でオペラ歌手が歌うのかなと思ってたんですが、話を聞いたらそうではなくて、アートの目線からモーツァルトの『魔笛』を解体したいんだと。それは新しい試みだし、楽しみだなと思いました」

オリジナルの『魔笛』は、王子タミーノが夜の女王の娘・パミーナを救い出すため、「魔法の笛」の力も借りながら、従者・パパゲーノと共にパミーナのいる昼の世界の支配者・ザラストロの神殿に赴き、数々の試練を経てパミーナと結ばれる、というストーリーだ。三人はこの物語の上に、「沖縄の戦前・戦中・戦後を生きた照屋の祖父・盛賢の人生」というもう一つの物語を重ね合わせ、過去から現在に至る沖縄の歴史や情景を描きつつ、音楽や演出にも沖縄の要素を取り入れて、新たな角度から『魔笛』を再構築していった。

舞台上には、本作のために再び組み上げた作品『CHORUS』を設置。そこにスズキをはじめとしたダンサー陣のパフォーマンスと、クラシックの声楽家による『魔笛』楽曲の合唱、三線・箏・笛が奏でる琉球古典音楽や沖縄民謡、組踊立方(踊り手)の所作と唱え、そして沖縄の記録映像や写真の上映など多様な要素を展開させ、二つの物語をシームレスに紡いでいく。

その中から見えてくるのは、さまざまな社会問題を抱える「今の沖縄」のリアルな姿だ。観客はそのメッセージにハッとさせられ、物語に引き込まれるだろう。照屋は「この作品で僕らが目指すゴールは、舞台を見た方が感動して、満足して、元気になってもらえるようなものにすること。そこに至るためには、元の『魔笛』をいったん解体する必要があると思った」と語る。

「西洋で作られた『魔笛』の音楽をそのまま使って、そこに沖縄の音楽を入れるだけでは、沖縄の音楽が“お飾り”になってしまう。それは絶対に避けたかった。モーツァルトが作った『魔笛』の世界観は大切にしつつ、沖縄の音楽というツールを使って『魔笛』をいったん解体し、再構築する。それによって、西洋と沖縄という世界観の違うもの同士が対等の関係になれば、そこに対話やコミュニケーションが生じて別の新しいものが生まれるし、作品の完成度も上がって、感動というゴールに近づくんじゃないかという希望を感じたんです」

演出を担うスズキは、そのゴールを「魔法」と表現する。「勇賢さんは、見ている人を感動させる『魔法の笛』がどこにあるのか、作品の中から常に見つけ出そうとしているんだと思います。それは一番難しいことで、だからこそ楽しい。勇賢さんは美術家だけど、演出家にも向いてるんじゃないかな」

いっぽう音楽監督の小野は、「解体」というコンセプトに沿って楽曲を再編成。『魔笛』の中から合唱曲だけをピックアップするとともに、三線で参加する琉球古典音楽の演奏家・仲村逸夫から沖縄楽曲の候補を提案してもらい、両者を混ぜ合わせるのではなく、それぞれの曲を各シーンに合わせていく形で、全体を大胆に構築し直した。実はこれは『魔笛』の上演慣習上、かなり異例なことなのだという。

「通常『魔笛』と題した演目の上演では、演出は変えても音楽は手をつけない、というのが慣習なんです。でも、今回はそこにメスを入れようと。『魔笛』から合唱曲だけを選んだのは、舞台にも出てくる勇賢さんの作品が『CHORUS(コーラス)』なので、それを核にしたかったから。『魔笛』史上、世界初のチャレンジングな試みですが、とても楽しみです」

照屋は「二人のおかげで作品の土台が固まって、作りたい物語が形になってきた。あとは僕自身がアートという視点から舞台全体をどう見せていくか、さらに突き詰めていきたい」と語る。公演当日は開場から開演までの一時間、観客が舞台上に設置された『CHORUS』を間近で鑑賞できる予定だ。その意味で本公演は舞台作品であり、かつ美術展でもある。アートを通じて沖縄と向き合い続けてきた世界的現代アート作家が挑む、一日限りの新たなスタイルの芸術作品。ぜひ会場で体感してもらえればと思う。(取材&文・高橋久未子/撮影・萩野一政)

照屋勇賢(てるや・ゆうけん、写真中央)

1973年、南風原町出身。多摩美術大学卒業後、ニューヨークのスクール・オブ・ヴィジュアルアーツに進学し、2001年に修士課程を修了。現在はドイツのベルリンを拠点に活動しており、国内外の美術館で展覧会を開催するほか、国際展への参加も多数。

スズキ拓朗(すずき・たくろう、写真右)
1985年、新潟出身。「ダンス×演劇」がコンセプトのダンスカンパニー「CHAiroiPLIN」主宰。テレビ番組や舞台作品への出演・振付多数。

小野龍一(おの・りゅういち、写真左)
1994年、東京出身。東京藝術大学作曲科を卒業後、同大学院美術研究科を修了。美術や舞台作品などの楽曲制作を数多く手がける。

[Stage Info]
◆照屋勇賢『魔笛』

日時:2025/3/1(土)13:00/17:00 ※開場は各1時間前、17:00の回終了後アフタートークあり
場所・問合せ:那覇文化芸術劇場なはーと小劇場 TEL.098-861-7810
料金:一般3,000円/24歳以下1,500円/障がい者・介助者1,000円(当日各500円増)、未就学児入場不可

公演の詳細とチケット予約はこちらから
https://www.nahart.jp/stage/1733448125/

出演:スズキ拓朗(ダンスカンパニー「CHAiroiPLIN」主宰)/黒須育海(ダンスカンパニー「ブッシュマン」主宰)/小林らら(ダンスカンパニー「CHAiroiPLIN」)/浦島優奈/Mieko Suzuki/古典企画(仲村逸夫/佐辺良和/入嵩西諭/池間北斗)/宍戸慶香(ソプラノ)/金城理沙子(ソプラノ)/與那嶺なつき(ソプラノ)/喜納和(テノール)/又吉秀和(バリトン)

総合演出・監修・舞台美術:照屋勇賢
演出・振付:スズキ拓朗
音楽監督・編曲:小野龍一
作曲:Mieko Suzuki/仲村逸夫
衣装:渡部淳子
舞台:當山恵一(合同会社 舞創造)
照明:坂本明浩(株式会社One-Drop office)
音響:我如古勝弥(有限会社 ロード)
映像:新里愛(株式会社 エムエルスタジオ)
舞台美術補佐:儀保克幸
宣伝美術:横川知宏
キュレーション:仲嶺絵里奈(那覇文化芸術劇場なはーと)
企画制作:那覇文化芸術劇場なはーと(仲嶺絵里奈/平岡あみ)
制作:株式会社ブレーン沖縄
協力:Yuken Teruya Studio/株式会社第一港運
主催:那覇市