沖縄出身の若き実力派演歌歌手・石原まさしインタビュー
- 2026.04.17
- インタビュー
沖縄出身の若き実力派演歌歌手・石原まさしが、喜納昌吉から託された新曲「サラナ~花ものがたり~」をリリース
『自分の歌で、聴く方に安らぎ(サラナ)を届けたい』
石原まさしさんは、沖縄市出身で現在21歳の演歌歌手。幼い頃から祖父の影響で演歌や昭和の流行歌に親しみ、中学3年生でプロデビューしました。高校卒業後は東京に拠点を移し、これまでに4枚のシングルと2枚のアルバムをリリースしています。
その彼が、3月に5枚目のシングル「サラナ~花ものがたり~」を発売しました。タイトル曲は、もともと喜納昌吉&チャンプルーズが1998年に発表した楽曲。郷土の大先輩である喜納さんから託されたこの曲への思いをはじめ、これまでの活動や今後の目標などについても伺いました。
◆祖父の車の中で演歌を覚えた幼稚園時代
—-石原さんは、演歌をはじめムード歌謡、青春歌謡、フォークソングなど、昭和の流行歌が大好きで、昭和生まれ以上に昭和の流行歌に詳しいので、周囲から「昭和博士」と呼ばれているそうですが(笑)、そうした歌と出合ったきっかけは?
石原:幼稚園に通っていた頃、いつも祖父が車で迎えに来てくれていたんですが、車の中で毎日毎日、カセットデッキから演歌や昭和の流行歌が流れていたんです。それを一緒に口ずさむようになって、最初に覚えたのは細川たかしさんの「北酒場」だったかな(笑)。もともとうちは祖父だけでなく、家族もみんな音楽が好きで、J-POPや洋楽、K-POPなども耳にしていましたが、その中でも自分は昭和の流行歌が一番なじみやすくて、歌いやすいと感じていました。自分にぴったり合っていたんだと思います。
—-では「歌手になりたい」と思い始めたのは、いつ頃からですか?
石原:小学5年生のとき、自分が一番尊敬する北島三郎さんのコンサートが沖縄で開催されて、祖母と一緒に見に行きました。人生で初めて生の歌手の歌を聴いて、「これ、俺もやってみたいな」と思いました。
それで中学生になった頃から歌のレッスンを受け始めて、県内外の歌謡コンクールや大会に出場するようになりました。2年生のとき、大阪で開催された全国大会に出場したら、今の所属レコード会社(エスプロレコーズ)の社長である若松宗雄さん(注:松田聖子を見いだして育てた音楽プロデューサー)が審査員を務めていて、自分の歌を認めてくださって。その後デビューのお話をいただいて、中3でプロデビューしました。
最初は「高校は県外に進学してはどうか」という話もあったんですが、ちょうど高校の3年間が丸ごとコロナ禍だったこともあって、高校は沖縄で通って、ときどき歌のお仕事で県外に行くという感じで過ごして。卒業後に上京して、本格的に音楽活動を始めました。
◆喜納昌吉さんから直々に託された「サラナ」
—-上京してから丸3年が経ちましたが、これまでの活動を振り返ってみて、いかがですか。
石原:やはり東京に出て1~2年くらいの間は、自分で自分の歌に満足できなかったり、ライブの本数も少なかったりで、なかなか思うように活動できない状況が続きました。でも、周りの皆さんにも支えていただいて、ここ半年くらいは今までで一番いい流れになってきたと感じています。特に今年に入ってからはすごく忙しくなって、本当に理想的というか、歌手らしい充実した生活ができているなと思います。
—-そんな中で今回、5枚目のシングル「サラナ~花ものがたり~」をリリースされたわけですが、これは「喜納昌吉&チャンプルーズ」のオリジナル曲ですよね。石原さんが歌うことになったきっかけは?
石原:もともとは、うちの社長が喜納さんとお知り合いで、自分は2024年くらいに初めてお会いしました。この歌は1998年に一度リリースされてるんですが、喜納さん自身はちょっと消化しきれないところがあったと感じておられたようで。自分の歌を聞いて「この歌を歌える人間が現れた」と思ってくださったそうで、直々にご指名をいただきました。
自分自身はこんな超大作、しかも今まであまり歌ったことのないジャンルですし、最初は「大丈夫かな」と思ったんですが、沖縄出身の歌手として、ずっと「沖縄色のある歌を歌いたい」とも考えていたので、これは絶好のタイミングだと思いました。今では自分の作品の中でも、一番光り輝く楽曲になってきたと感じています。
—-いわゆる演歌や昭和歌謡とは、ちょっと音楽性が違いますよね。
石原:そうですね、ロックバラード的で、かつ沖縄のエッセンスもありますし。最初は、もともと楽曲が持っている「喜納節」のようなものを自分のものにするにはどうしたらいいか、いろいろ考えたんです。喜納さんの真似をするわけにはいかないし、魂の叫びをどう表現すればいいんだろうと。でもレコーディングのとき、歌の内容やこの歌が生まれた背景を知ったうえで、いつも通りの自分のストレートな、あまり作り込まないスタイルで歌ってみたら、「これはいいかもしれない」って思えたんです。その後ライブで歌い続けていくうち、自分でも納得のいく歌になりました。
この歌は生まれてまもなく30年になるんですけど、今の情勢や世の中にも通用する歌だと思います。「サラナ」は古代のインド語で「安らぎ」という意味だそうで、素敵な言葉だなと思って。忙しすぎる今だからこそ、人は安らぎを求めているんじゃないかと思うし、自分の歌で聴く方に安らぎを届けられたらいいな、と思います。自分自身もまた、音楽を聴くことが一番の安らぎなので。
◆自分の歌で沖縄の素晴らしさを伝えたい
—-カップリングの「富士山Japan」と「オキナワ讃歌」も、喜納さんが作曲された曲ですね。
石原:そうです。とはいえ「サラナ」も含めて、今回の3曲はどれもまったく違うタイプの曲なので、この一枚で自分のいろんな声やいろんな表情を知っていただけると思います。実際、聴かれた方から「聴いていて飽きないね」と言っていただいたときは、とても嬉しかったです。あと、今までは曲のアレンジはアレンジャーの方にお任せだったんですが、今回は自分も「ここはこの楽器を入れたらどうでしょう」と相談したりして、曲作りに参加させていただきました。その意味でも、今作は自分にとって宝物のような一枚になりました。
—-楽曲的に、ここまで沖縄色を強く打ち出したCDを出すのも初めてですよね。
石原:はい。これまでもずっと「自分は沖縄出身の歌手だ」と自認はしていたものの、なかなか表に出し切れていなかったんですが、今回はそこを存分に出すことができました。沖縄出身というのは、やはり自分にとっては「誇り」ですし、沖縄を一番に愛しているので、これからも根っこである沖縄の大地にしっかりと立ちながら、たくさんの方に「沖縄は素晴らしいところですよ」と伝えていきたいです。
そして沖縄の方にも、自分の歌う演歌や歌謡曲をたくさん聴いてもらえたらいいな、と思います。よく「沖縄は演歌に関しては不毛の地」と言われることがあるんですけど、実際はそうではないだろうと。沖縄の皆さんも民謡は愛しつつ、演歌や歌謡曲も同じように愛していると思うので、これからもいろんな歌をまんべんなく歌っていきたいと思っています。
◆115歳で「デビュー100周年」を目標に
—-そうした活動の中で、歌手として大事にしているのはどんなことですか?
石原:やはり「ちゃんと自分の歌を歌える歌手であり続けないといけない」と思っています。言葉をきちんと伝えるとか、いろんなジャンルに挑戦することももちろん大事なんですけど、何よりも「歌がおろそかになってしまったら意味がない」と思うので。せっかく自分のオリジナル曲を歌わせてもらっているので、そこは大事にしたいです。
逆にカバー曲については、もともとその歌を歌ってきた歌手の方には敵わないので、僕が歌うときはその歌手の方の色も入れながら、そこに自分の味付けもしていく…という感じで、歌い分けを大事にしています。カバーを歌うことで、その曲を知らなかった方にも曲を届けることができますし、皆さんと名曲を共有したいという気持ちがあります。
—-では最後に、今後の夢をお聞かせください。
石原:大きいところでいうと、自分は15歳でデビューしたので、25歳で10周年、35歳で20周年、115歳で100周年になるわけで(笑)、そこまでがんばりたいですね。実際に115歳まで生きられるかは別として、そのくらいまで生涯現役で、ずっと歌っていたいなと。
そして身近な目標としては、今の時代いろいろなジャンルの音楽がある中で、自分の歌はあまり時代に合わせすぎず、でも外れすぎず、幅広い世代の方に届けられるものにしていきたいと思っています。たとえば最近は演歌でも、ロックっぽいギターソロが入ってきたりしますよね。自分もいろんな音楽をミックスして、人とは違う歌を作って歌ってみたいし、ゆくゆくは自分で作詞作曲もしてみたい。それもまた一つの目標として、今後もがんばっていきたいと思います。
今回楽曲を提供した喜納昌吉さんからは、「唄の魂を知る歌い手」と評された石原さん。「サラナ」の中では、自然の力を感じつつ平和を願う思いを、若々しくも深みのある艶やかな歌声で、朗々と歌い上げています。カップリングの2曲では、「冨士山Japan」で日本の最高峰・富士山への敬愛の念を力強く表現し、音頭調の「オキナワ讃歌」ではリズミカルな三線やお囃子に乗せて、沖縄の自然や人の魅力を明るくポップに聴かせます。石原さんの歌声の多彩な魅力が楽しめる3曲、CDはもちろんサブスクでも配信中ですので、ぜひ聴いてみてください。
石原まさし『サラナ~花ものがたり~』
エスプロレコーズ
SPRO-1188
2,000円
2026/3/11発売
収録曲:サラナ~花ものがたり~/富士山Japan/オキナワ讃歌(CDは各曲カラオケトラック付)
楽曲の詳細と配信はこちらから
https://linkco.re/FQgNdDTF?lang=ja
なお現在、石原さんの活動の拠点は東京ですが、「今年は沖縄でもぜひコンサートを開催したい」とのこと。イベント出演等のスケジュール詳細は、以下のオフィシャルサイトから確認できます。
https://ishiharamasashi-official.com/#schedule
そして、石原さんの昭和流行歌愛が炸裂しているYouTubeはこちら。生配信トークのアーカイブやライブ動画もありますので、併せてチェック!
https://www.youtube.com/channel/UCe3N7KQvsGkOv6A4e4eLuuA
石原まさし(いしはら・まさし)
2004年8月6日生まれ、沖縄市出身。保育園の送迎の際、祖父の車で演歌と出逢う。小学6年生のとき、近所のカラオケパブのミニステージで北島三郎の「函館の女」を歌唱したのが初舞台となる。その後、歌のレッスンに約2年間通ったのち、県内外問わず数々の大会に出場し、大阪・新歌舞伎座での大会でグランドチャンピオンを取ったことをきっかけに、エスプロレコーズの若松宗雄社長にスカウトされ、2020年3月10日、中学3年生で「田原城山草枕/希望は叶う」をリリースしメジャーデビュー。高校在学中はYouTubeを中心に活動し、高校卒業後に上京。現在は東京を拠点に、ライブ活動やイベント出演などを行っている。趣味はレコード収集、特技はアコーディオン演奏・三線演奏・昭和歌謡歴史博士。
