箆柄暦『十・十一月の沖縄』2025 新里堅進『ソウル・サーチン』
- 2025.09.29
- インタビュー

《Piratsuka Special》
著・新里堅進/評伝・藤井誠二/編・安東嵩史
『ソウル・サーチン~「沖縄」を描き続ける男・新里堅進作品選集および評伝』
~半世紀にわたり沖縄を描き続ける、孤高の漫画家の作品と人生に迫る~
【お詫びと訂正】箆柄暦10・11月号の紙面記事にて、編者・安東嵩史様のお名前の漢字を「崇史」と間違って記載しておりました。正しくは「嵩史」となります。編集部の確認不足により、安東様および関係者の皆様にはたいへんご迷惑をおかけし、誠に申し訳ございません。上記の通り訂正し、深くお詫び申し上げますとともに、今後同様のミスのないよう、より厳正にチェックを行って参ります。(なお、本ページに掲載している表紙画像は修正済みです)
沖縄が、そして日本が戦後80年を迎えたこの夏、主に漫画作品を手がける東京の出版社から全912ページにおよぶ書籍が刊行された。タイトルは『ソウル・サーチン』。終戦翌年の沖縄に生まれて沖縄に育ち、80歳間近の今も現役の漫画家として、沖縄戦をはじめとした沖縄の歴史や文化を沖縄で描き続ける男、新里堅進の作品選集および評伝である。
新里は、言ってみれば「知る人ぞ知る」漫画家だ。誰にも師事せず独学で画法を学び、1978年に沖縄の出版社から『沖縄決戦』を刊行してデビュー。1982年には老人とハブとの戦いを描いた『ハブ捕り』で日本漫画家協会賞優秀賞を受賞した。常に綿密な取材と資料研究を徹底し、ずば抜けた作画力と構成力で描かれる彼の作品は、戦記ものはもちろん琉球史や沖縄芝居の漫画化など、どんなジャンルでも強烈なインパクトをもって読者をその世界に引き込み、一部の漫画ファンや研究者らに高く評価されてきた。ただ、それらのほとんどは地元新聞など県内メディアで発表されており、、かつ近年はその機会もあまり多くないことから、県外は言わずもがな、県内でも新里の業績を知る人は限られているのが実情だ。
本書は、そうした新里とその作品を再評価すべく、沖縄と縁の深いノンフィクション作家・藤井誠二が企画し、編集者の安東嵩史とともに作り上げたものだ。代表作『沖縄決戦』『ハブ捕り』を含む新里の絶版作品10点あまり(その一部は抜粋)と、藤井による新里の評伝(および安東の注釈と解説)が交互に収められており、新里漫画の迫力と魅力、そして漫画家・新里の生きてきた道のりと信念が、リアルに伝わる構成になっている。藤井は言う。
「新里さんは漫画を描くことにだけ興味があって、自分の名前や作品が『売れる』ことには関心がない人なので、世間の知名度こそ低いですが、その作品は本当にすごい。特に沖縄戦を描いた漫画には、戦場の悲惨な状況を目の前で見ているような、圧倒的なリアリティがあります。戦争体験を語り継げる人が減っている中で、彼の作品は語り継ぎのツールとしてもまったく色褪せていないし、むしろ今後もインパクトを増していくと思います。ただ、今の状況が続けば、作品は遠からず埋もれたまま過去のものになってしまう。だからこそ、そうなってしまう前に、若い世代にも『沖縄にこんなすごい漫画家がいるんだ』と再認識してもらいたかった。本書はそのための入門書でもあります」
藤井の評伝によれば、新里は子供の頃から絵が好きだったが、高校時代に元沖縄県知事の故・大田昌秀らが編んだ沖縄戦の手記『沖縄健児隊』を読み、自分と同世代の若者が体験した悲惨な戦況に衝撃を受け、「この史実を後世に伝えるため、自分の得意な漫画という手法を使おう」と決意し、漫画家を目指したという。その思いのほどは評伝からも、そして『沖縄決戦』や『水筒 ひめゆり学徒隊戦記(表紙の絵はその一画面)』などの漫画からも、痛いほどに伝わってくる。一方で本書には『ハブ捕り』のほか、沖縄の歴史上の人物をテーマにした漫画やコメディ調の作品なども掲載されており、読みごたえは十分だ。
とはいえ残念ながら、本書で読めるのは彼の全著作のほんの一部。今後絶版作品の復刊や、全作品のデジタルアーカイブ化が進むことを願いつつ、まずは本書で、新里の漫画とその半生からにじみ出る「凄み」を体感していただければと思う。戦後80年の今こそ、多くの人に読まれるべき一冊だ。(取材・萩野一政/文・高橋久未子)
新里堅進(しんざと・けんしん)
1946年沖縄県那覇市壺屋生まれ。高校生の頃、沖縄戦に動員された少年兵「鉄血勤皇隊」の記録を読み、漫画家を志す。作画は完全に独学で習得し、職を転々としながら執筆を続ける。1978年『沖縄決戦』(月刊沖縄社)でデビュー。以来、約半世紀にわたって丹念な聞き取りや考証を行いながら沖縄戦や沖縄の文化・歴史に関する作品を執筆し続けている。1982年『ハブ捕り』で日本漫画協会賞優秀賞を受賞。近著に『ヤンバルの戦い-国頭支隊顛末記-』(琉球新報社、続刊中)。
藤井誠二(ふじい・せいじ)
1965年愛知県名古屋市生まれ。ノンフィクション作家。少年犯罪や被害者遺族救済などを関心領域とする。2000年代初頭から那覇と東京の二拠点生活を続ける。沖縄関連の単著では『沖縄アンダーグラウンド売春街を生きた者たち』(講談社、2018年)、『誰も書かなかった玉城デニーの青春もう一つの沖縄戦後史』(光文社、2022年)、二拠点生活日記シリーズ『沖縄の街で暮らして教わったたくさんのことがら』『沖縄でも暮らす』『沖縄では海を見ない』(すくて論創社)。ほか共著多数。
安東嵩史(あんどう・たかふみ)
1981年大分県大分市生まれ。編集者、女子美術大学非常勤講師(構想と倫理)。海外に渡った日本人移民、アメリカ中西部のメキシコ系住民など、近代における人間や境界の移動の結果生じる文化事象を領域に活動し、沖縄には2001年以降通う。関連する近年の仕事は宮沢和史『沖縄のことを聞かせてください』(双葉社、2022年)、「越境広場」沖縄美術特集にて映像作家・山城知佳子への聞き手など。トーチwebにて「国境線上の蟹」不定期連載。
[Book info]
『ソウル・サーチン~「沖縄」を描き続ける男・新里堅進作品選集および評伝~』
漫画著者・新里堅進/評伝著者・藤井誠二/編者・安東嵩史
リイド社
2025/8/11発行
3,850円
本の詳細と購入はこちらから
https://to-ti.in/product/soulsearchin
[Event info]
◆『ソウル・サーチン』刊行記念 漫画家・新里堅進 トーク&サイン会
日時:10/26(日)15:00開演
会場・問合せ:ジュンク堂書店那覇店 TEL.098-860-7175
料金:無料
登壇者:新里堅進/藤井誠二/安東嵩史/MC:平良竜次