『沖縄戦の図』は、『原爆の図』で世界的に知られる水墨画家の丸木位里（まるき・いり）と、その妻で油彩画家の丸木俊（まるき・とし）が、活動の晩年となる1982年から87年にかけて共同制作した、全14部の絵画作品だ。

本作品を収蔵する佐喜眞（さきま）美術館（宜野湾市）の館長で、丸木夫妻と親交の深かった佐喜眞道夫は、夫妻の「これはみんなで描いた絵です」という言葉が印象に残っていると語る。二人は『原爆の図』を世界各国で巡回展示する中、「戦争の醜悪さがすべて出るのが地上戦」と知り、「空襲しか知らない日本は戦争に対する認識が甘い。こういう国はまた戦争を始めるかもしれない」との危機感を抱いたという。そこから二人は「日本で唯一地上戦があった沖縄」と向き合い、地上戦の実態を伝えようと沖縄戦に関する160冊の本を読み、『沖縄戦の図』を描き始めた。

夫妻は沖縄各地の戦跡にも足を運び、戦争体験者から話を聞いたり、当時の様子を再現してもらったりして、ガマ（地下壕）での集団自決や日本軍による虐殺など、凄惨な体験をリアルに、しかし人間としての尊厳を損なわぬよう美しく、情感を込めて描いていった。つまり本作は、創作ではあるがフィクションではなく、夫妻と沖縄の人々が一緒に「みんなで描いた絵」なのである。佐喜眞は言う。

「人々が夫妻に語ったのは、一言でいえば『こういう戦争を二度と起こしてくれるな、ここに自分の子や孫が巻き込まれるのは絶対に許さない』ということです。二人はそれを受け止めて絵に描いた。そういう思いや願いは必ず見る人に伝わる。それが芸術の力です」

丸木夫妻は、完成した『沖縄戦の図』を「沖縄に置きたい」と願ったが、受入施設が見つからず、佐喜眞が美術館の創設を決意。戦後米軍に接収され、普天間基地の一部となっていた先祖伝来の土地の返還を求めて米軍と交渉し、1994年に佐喜眞美術館を開館した。これまでに百万人を超える見学者が訪れたが、佐喜眞は「『沖縄戦の図』を知らない人はまだたくさんいる」と感じていたという。

そんな中、2020年に佐喜眞美術館で『沖縄戦の図』と出合い、衝撃を受けたのが、ドキュメンタリー映画監督の河邑厚徳（かわむら・あつのり）だった。河邑は「どの絵も描き込みが細かく、見れば見るほど新たな発見がある。これを映像で一作ずつ紹介していけば、そこから丸木夫妻が伝えたかったことが見えてくるのでは」と考え、佐喜眞の賛同を得て映画化を企画した。

制作にあたっては、全14部の作品を20時間以上かけて撮影し、その内容を解説すると共に、丸木夫妻や作品に関わった人々の証言を紹介。加えて沖縄民謡歌手の新垣成世（あらかき・なりせ）と、平和学習に取り組む平仲稚菜（ひらなか・わかな）にも取材し、沖縄戦の記憶を次世代に継承しようとする若者世代の活動も取り上げた。河邑は「戦争の危機が再び身近に迫っていると感じる今こそ、世代を超えて平和の本質を伝える『沖縄戦の図』を、より多くの人に見てほしい」と語る。

2023年6月から始まった映画の公開に合わせ、佐喜眞美術館では2024年1月末まで全14部を一挙展示中だ。まずは映画館で、次は美術館で『沖縄戦の図』と向き合い、戦争と平和について改めて考える機会としてもらえればと思う。（取材＆文・高橋久未子／写真・本橋成一）