沖縄イベント情報 ぴらつかこよみ|ぴらつかこよみ

箆柄暦『十月の沖縄』2012 登川誠仁&大城美佐子

2012.10.02
  • インタビュー
箆柄暦『十月の沖縄』2012 登川誠仁&大城美佐子

箆柄暦『十月の沖縄』2012
2012年8月31日発行/114号

《Piratsuka Special》
登川誠仁&大城美佐子
『デュエット』

《Piratsuka Topics》
BEGIN『国道508号線』
NHK連続テレビ小説『純と愛』
『沖縄の古謡』全8巻
多和田えみ『Sing you』
OKI meets 大城美佐子ライブ@桜坂劇場
玉城流三代目家元・玉城盛義東京公演
上原昌栄ビッグ・コンボwith安富祖貴子
オリジンお笑いライブNETLIVE

 

 

 

Piratsuka Special
登川誠仁&大城美佐子
民謡界の二大トップスター、夢のデュエット。

pira1210_hyo2_250 pira1210_orikomi250
 登川誠仁と大城美佐子といえば、ウチナーンチュはもとより、本土の沖縄ファンの間でも知らぬ人はいない、沖縄民謡界の大御所である。

 “誠小(せいぐゎー)”こと登川誠仁は、二十代のうちから怒濤の早弾き三線と渋い唄声で名を馳せ、一九六〇年代の沖縄で“沖縄民謡の黄金期”と呼ばれる時代を牽引、その後も年を重ねるごとに味わいを増すパフォーマンスとユーモア満点の人柄で人気を高め、八十歳にならんとする現在も県内外のステージで拍手喝采を浴び続ける、沖縄民謡界きっての大物スターである。

 いっぽうの大城も、ソロとしての活躍はもちろんのこと、一九七〇年代半ばからは“風狂の歌人”と呼ばれた天才唄者・嘉手苅林昌(故人)の相方を務め、その名コンビぶりで“女カデカル”の異名を取るまでになった。七六歳の今も“絹糸声”と呼ばれる美声は健在で、情けたっぷりの歌い回しは「これぞ沖縄民謡」と呼ぶべき大人の色気に満ち、こちらも多くの民謡ファンの支持を得ている人気唄者である。

 そんな民謡界のビッグスター二人が、この秋、初の共演アルバム『デュエット』をリリースすることになった。そう聞いて「え、初共演?」と驚く向きも多いと思うが、そう、実はこの二人、互いに芸歴半世紀以上を同じ民謡界で生きてきた同士にもかかわらず、これまで正式に「共演」と呼べる場面は、一度もなかったのである。もちろん同じステージに立つことはあったが、本格的に三線を合わせ、唄を掛け合う機会はなかったとのこと。

 そのためか、レコーディング当日のスタジオ内には、長年の知り合いという気安さとともに、微妙な緊張感も漂っていた。後輩である大城は、誠小に「ウンジュ(あなた)」と敬称で呼びかけ、ふだん若手唄者たちと歌うときとはちょっと違った表情で、だが笑顔は絶やさずに、誠小のアドバイスに耳を傾けていた。そんな彼女に誠小が求めたのは、「昔の通りの歌い方を大事にすること」だった。

「今は、先輩方が作った歌い方を崩して歌っている者が多い。ワシは人が崩したのはやらないよ」。実は、これまた意外な話ながら、大城ほどにキャリアが長い唄者であっても、すでに「昔の通り」がわからない曲があるのだという。今回、そういった唄は(予定のうちほんの一、二曲ではあったが)録音を取りやめ、二人ともがきっちり歌いこなせるものに絞りながら、だが次々と、すべて一発録りで収録していった。たまにどちらかがミスして演奏が止まることもあるが、その場合は途中からではなく、また最初から録り直す。

 誠小は「特に毛遊び(=夜に男女が野外の広場に集まり、唄三線に興じる昔の遊び)の唄は、途中から録り直すもんじゃない」と言い、一曲通してのライブ感を大切にしていた。その肌感覚は、実際に彼が少年のころ何度となく毛遊びに参加し、三線を弾いていた体験からくるものなのだろう。先に触れた「昔の通り」にこだわる姿勢といい、それらは「自分の中にある沖縄民謡を次の世代に伝えたい」という、誠小の思いの表れであるように感じられた。そしてその思いは、誠小と同年代の大城にしても同じだったのではないだろうか。根底に「本物の沖縄民謡を継承したい」という共通の思いがあるからこそ、二人のデュエットは初めてながら、バッチリ息が合うものに仕上がったのだろう。

 と、そんな真剣レコーディングを経て本アルバム『デュエット』に収録されたのは、計十五曲。曲目は「ナークニー」「カイサレー」「海のチンボーラー」「谷茶前」「ハリクヤマク」など、沖縄民謡の定番中の定番が中心で、奇をてらった選曲は一つもない。だが、一曲一曲の密度の濃さと重量感は圧倒的で、唄三線の絶妙なグルーヴ、即興で掛け合う歌詞の世界観に、思わず言葉を失うほどだ。これはもう「唄がうまい」とか「経験が長い」とか、そんな言葉で説明できるレベルではない。二人が積み重ねてきた人生が凝縮され、掛け合わされた結果が、ここに詰まっているのである。あえて一言で言うなら「とにかくカッコいい」アルバムだ。
 そして、そのカッコよさを支えるうえで、これから彼らの唄を継いでいくだろう沖縄民謡界の若手ホープ・よなは徹による島太鼓と指笛が、実に大きな役割を果たしていることにも、ぜひ触れておきたいところである。

とにもかくにも、現在の沖縄民謡界の頂点に立つビッグスター二人の見事な『デュエット』。十二月には東京・草月ホールでレコ発ライブも予定されているので、CDと併せてぜひチケットを入手していただきたい。絶対に「見て良かった」と思うはずだ。

(文・高橋久未子/撮影・喜瀬守昭)
 

登川誠仁(のぼりかわ・せいじん) 1932年(昭和7年)11月18日生まれ。沖縄本島中部の石川市(現うるま市)に育って7歳から三線を始め、16歳で沖縄芝居の人気劇団「松劇団」に入団、地謡 (じうてー:芝居の歌・伴奏担当)の見習いとして修行を積む。その後もさまざまな一流劇団で地謡を務めながら、沖縄民謡、琉球古典音楽、舞踊などの沖縄芸能を習得し、20代半ばには沖縄民謡界の人気スターに成長。1999年には沖縄を舞台にした中江裕司監督の映画『ナビィの恋』に準主役として出演、全国規模で幅広い知名度を得た。“美(ちゅ)ら弾き”と称されるグルーヴィな三線早弾きと、渋く味のある唄声が魅力。最新のオリジナルアルバムは2010年リリースの『歌ぬ泉(うたぬいじゅん)』。琉球民謡教会名誉会長、登川流宗家。

大城美佐子(おおしろ・みさこ) 1936年(昭和11年)7月8日生まれ。沖縄本島北部の名護市辺野古で育ち、20歳頃から琉球古典音楽や舞踊を習った後、沖縄民謡界の大御所・知名定繁に弟子入りして民謡を学ぶ。1962年にリリースした初シングル「片思い」が大ヒット。70年代半ばからは“風狂の歌人”と呼ばれた天才唄者、故・嘉手苅林昌の相方を務め、その名コンビぶりで“女カデカル”の異名を取るまでになった。現在は、那覇にある自身の民謡ライブハウス「島思い」を拠点に全国各地で精力的にライブ活動を行ういっぽう、後進の指導にも取り組んでいる。2011年には弟子の堀内加奈子との共作アルバム『歌ぬ縁』をリリースした。凛としつつもたおやかな「絹糸声(いーちゅぐい)」が持ち味。

◆登川誠仁&大城美佐子『デュエット』
リスペクトレコード(TEL:03-3746-2503)
RES-217 3,000円 10/3発売
ナークニー〜山原汀間トゥー/海ぬチンボーラー〜赤山/デンスナー節/永良部百合の花/カイサレー/伊計離り節/谷茶前〜勝連節/ヤッチャー小/白浜節/伊佐ヘイヨー 〜デンサー節/早口説(春の踊り)/大願口説/桃売いアン小/ひじ小節/ハリクヤマク